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2007年1月24日 (水)

過去分詞は、“距離”分詞

…というわけで、やっと一昨日の続きになります。
一昨日書きかけていたのは、『be動詞は時間を固定している』理由でした。

受動態で使われている過去分詞には、昨日の『「とき」は距離』で書いたように距離の感覚があります。
受動態では、その過去分詞の前にbe動詞が出現しています。
これが、be動詞は時間を固定する役割があるのではないかと考えた根拠です。
(引っ張ってしまった割には、たいした理由では無かったですね。ごめんなさい!)

受動態は動作・行為の主体が、文の主人公である主語ではなく、空間的に距離のある別の者が行っている状態を表しているのですよね。
だから、距離の感覚を感じる過去分詞が使われるのですが、過去分詞だけですと、その距離感が何の軸に沿った距離感なのかが分からない。
時間的距離なのか、心理的距離なのか、空間的距離なのか…
だからその距離は空間的距離感であることを示すために、時間軸を固定する必要がある。
そのためにbe動詞が使われているのではないかと思うのです。
状態が存在した時間を動かないようにするのは、意外に大事ではないのかなぁ…と。

整理して書いてみます。
●過去形、現在完了は、時間的に距離感を感じているときの表現
●仮定法は現実離れしていて、感覚的に距離を感じているときの表現
●「丁寧表現」は、聞き手との心理的に距離を感じているときの表現
●受動態は、動作の主体に空間的な距離を感じているときの表現

…というわけで、過去形・過去分詞は距離を感じるカタチということで筋が通りました。
だから、過去分詞は“距離”分詞なのですね。
(ちょっと苦しいか?)

こう捉えると、学校では必ず能動態と受動態の書き換え練習を習ったり、
理解が困難な受動態は、能動態の文から変形して説明したりしますけど、
能動態があって受動態があるのではなく、受動態そのものが独立して独り立ちしている感覚になります。
単なる「書き換え問題」ではない、表現の違いの感覚が分かってくる気がしますね。

ところで、過去形と過去分詞が異なる動詞(不規則動詞)が存在しますけど、
それは何故違う形にする必要があるのでしょうね????
異なったシニフィアンなのですから、根幹となるシニフィエはやはり違う感覚が流れているのでしょうか…????
はっきり言って、わかりません(苦笑)
これは、ゲルマン民族系の言葉がマージされた影響を受けているような気がするのですが、どなたかご存知の方がいらっしゃいましたら是非教えてください。

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